2006年8月12日号
42  秋山郷お話2つ
〔1〕 山蟹と大蛇(おろち)
 むかぁし、昔のこと、秋山の深ぁい山陰に、そりゃあ、どでかい蟹が住んでいると伝えられていたんだけど、なっかなか、人前に姿を見せることはなかったんだと。
 ある時になぁ。なんと、6尺(約1.8m)もあろうかと思われる大蛇が頭を3尺(約90p)ほどもち上げながら、するする走って行くんだと。それを見た人はまぁ、たまげちゃったわね。なおぶったまげたことにゃ、大蛇を追って一丈二尺(約2.4m)ほどもある山蟹が雑木の上をまるで鳥が飛ぶような勢いで走ってきたんだと。これを見ていた人はざわざわって身の毛がよだったそうな。けど、それ、そこは山家育ちの人だもんで気丈夫なもんさね。これから大蛇と山蟹はどうなるんだやって、後をこっそり追ったんだって。そのうち、大蛇はくたびれたらしく動けなくなっちゃったと。で、とうとう山蟹にとっかまっちゃったんだ。山蟹は大蛇の頭を一つのハサミではさみ、もう一つのハサミで胴体をずたずたに切って、とうとうみぃいんな喰べてしまったそうな。

〔2〕 大蛇の引っ越
 時は明治の初めのこと、 まれにみる大嵐が秋山の地を襲ったそうな。
 家々の窓という窓はコモ(稲わらで編んだもの)でふさぎ、ひたすら嵐の過ぎるのを待った。大赤沢に住む老人が窓穴から外の様子を窺った時だ。雷鳴が響き渡り鋭い稲妻と一緒にまぁ、この世の物とも思えないどでかい大蛇が蛇渕から天に昇るところであったそうな。その姿が高倉山の彼方へと消えるや、まことに不思議なことだけれど、大嵐はぴたりとやんで静かな夜を過ごせたんですと。
 
2006年8月19日号
43  秋山郷お話2つ おはなしの解説@
 おらうちのしょは/おらうちのしょは/嫁を取ること/のよさ/忘れたか/忘れはせぬが/忘れはせぬが
/稲の出穂みて/のよさ/嫁を取る―と、「のよさ節」を歌うのは元信濃教育会出版部の岡村三郎さんである。その歌声を紙上ではお届けできない歯がゆさがある。
 しみじみと、かみしめ、かみしめ歌う声は腹わたの奥深く浸み渡る。人生の酸いも甘いも知りつくした人の歌いっぷりなのである。
「のよさ」とは「なになにのよさ」という意味なのだそうだけれど、でもねぇ、筆者が思うには意味不明の言葉にしか思えないの。
「山蟹と大蛇」の古いお話があるくらいだから、「のよさ」もきっと「鉄」に関係があるだろうと考え、秋山郷に出掛けたのは昨年の10月末のことであった。
 秋山とは中津川上流の一帯の総称で、秋山郷は魚の棲まない硫黄川を境に越後秋山(津南町)と信州秋山(栄村)とから成る。
 秋山郷では真先に、はちみつ屋を切り盛りする阿部幸子さんにお会いした。彼女にはふるさと秋山郷の民俗や動植物のことを綴った力作二編がある。その著書の一ファンでもあるけれど、昨年出版した拙著『新編・上田・佐久の民話』の校正をしてくださった方である。秋山郷の山道の怖さを思い出し、「大雪で孤立しないのですか」と思わず尋ねると、そうしたことはないとの答えであった。それなのに、この冬の豪雪で秋山地区は孤立し、不便を強いられた。秋山に住む知人の暮しに深く思いを寄せた冬であった。
 阿部さんにお別れしたあと新潟県と長野県の県境にある「大蛇の引っ越」の舞台である蛇渕の滝を見学した。滝の展望台の辺りを「牛首ツンネ」というそうである。そこで2〜3mもある大蛇の骨も見つかっているという。
 
2006年8月26日号
44  秋山郷お話2つ おはなしの解説A
 大蛇のものと思われる骨が出たという地名が「牛首」とは面白いと思った。ウシクビを古代韓国語の音に代入すると、ウシとはウッシと発声し、最高の鉄のこと。クビとはグビのことで、つまり焼きのこと。ウシクビとは最高の鉄焼きの意である。大蛇の蛇は「サ」、鉄も「サ」の音から、蛇=鉄の認識がすでにあるので、この一帯はかつて鉄焼きの地であっただろうか。また、ツンネとは「峰」のことだと小赤沢の福原初吉さんが教えてくださった。「牛首ツンネ」=「最高の鉄焼きの峰」。地名は真実を語っているのだろうか。
 次は小赤沢の楽養館の「赤い湯」へ行った。鉄・ナトリウム・カルシウム含有の塩化物泉で、湯口からのお湯は塩っぱい。赤褐色の浮遊物は鉄分が酸化したもので、まさに、「赤い湯」であった。
 大赤沢(津南町)、小赤沢(栄村)の「赤」の地名は鉄を産出する所を意味し、鉄との関係が深いと、故大谷秀志さんが言っていた。深くうなずくのである。この「赤」を古代韓国語で探ると「最高磨き」の意である。その意を証明するかのように『栄村史』には、含鉄量54〜56%にも及ぶ優秀な褐鉄鉱床があったとの記述があるが規模は小さなものであったらしい。その鉱床は大赤沢から硫黄川を上った地点である。その附近ではかなり質のよい硫黄鉱石の転石もあるという。秋山には昔、前出の鉱石の他に金鉱・銅鉱があったとされ鉄滓や銅滓の出土がある。
 苗場山の自然が生んだ鉱石類と中津川の砂鉄と沢山の温泉群。秋山郷を訪れ、地形を知り、そこに吹く風に当って初めて「のよさ」の意味を見つけた。ノヨサのノは「野」。ヨとはヲルで「泉」。サは「鉄」。のよさ=鉄泉野である。合いの手にもきちっとした意味があるのである。
 
2006年9月2日号
45  秋山郷お話2つ おはなしの解説B
 表題のお話は、かなり古い時代に成立したものであろう。
 まず、大蛇を単に蛇といわないで「大」がつく、「大」は、大きなものの存在を表す。古代韓国語の蛇(サ)
=鉄(サ)の認識から、大蛇は鉄王と考える。
 秋山郷の谷底を流れる中津川では、良質な砂鉄が採れた。白く光る中津川は大蛇が身をうねらせる姿になんと似ていることか。
 大蛇は砂鉄採取民の親分であったろう。
 次は山蟹である。単に蟹といわずに山蟹と表現していることが見逃せない。カニは古代韓国語で、磨ぐ人の意と学んでいる。山蟹とは山鉄、つまり、鉄鉱石から溶解する技術を持った集団ではなかったろうか。
 秋山郷では小規模であるけれど、多孔質できわめて堅硬で均質な褐鉄鉱床が小規模ではあるが生じている。
 大蛇と山蟹の戦いは新(鉄鉱石・蟹)旧(砂鉄・蛇)の技術の交代を物語っているのではないだろうか。
 秋山郷には福原姓がある。知人の福島、福井、福田さん、長野市の湯福神社、滋賀県と岐阜県境の伊吹山等、姓や神社名や地名が製鉄に関係あるといわれている。
 古くから「真金吹く」は、鉄を溶かし精錬するの意といわれている。鉄作りの「吹く」は「福」とも漢字表記されていた。ひょっとしたら「吹」は吹子(ふいご)のことかなと思っていたが、古代韓国語にブルグという言葉があるそうで、(金属を)焼ききたえるの義で、日本語になる時の法則を経て「ふく」になったというのが真相であるようだ。
 福原、福島、福井、福田姓は、製鉄となんらかの形でつながっているのかもしれない。
 また、湯福神社も伊吹山にしてしかりである。湯福神社と伊吹山は、製鉄との関係を是非別稿で追求してみたいと考えている。
 
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