2006年4月29日号
28  胡麻を作らない話 @
 沢山の「胡麻を作らない話」を集めてみた。
 まずは北信濃に伝わるお話であるが、採集地や伝承地の地名は、合併で名称が変った市町村もあるが、採集時の名称のままで記すことをお許しいただきたい。

○昔、飯山市大川の神さまが胡麻の穂で目を突きなさって片目を失ってしまわれたんですと。なんとまぁ、
神さまの他に観音さままでもが胡麻の切り株で目を突かれやはり片目を無くされたんで、それ以来大川では胡麻を作らないんだそうだ。不思議なことに大川神社や観音堂の近くに住む蛇や蛙は片目だそうな。

○高山村の牧の子安神社の神さまは木花開耶姫(このはなさくやひめ)というお名でな、なんでも夕焼けを見とれて歩きなさった時、十六(とおろく)ささぎのつるに足をとられて転んでしまわれたんですと。その上、運の悪りいことに胡麻の切り株で目を突き片目を潰されてしもうたんですと。神さまの大事な目を潰した胡麻は作らないことにしたんだそうだ。

○長野市の返目(そりめ)のお宮の男神さまが桐原のお宮の女神さまの所に夜遊びに行ったんですと。その途中にある胡麻畑に足を踏み込み胡麻のさやで目を突いてしまわれてなぁ、それを知った女神さまは申し訳なく思い、「胡麻は作らないようにしましょう」と男神さまにお誓いなさったそうな。

○長野市篠ノ井犬石の産土(うぶすな)さまは犬に追われ、ハイモ(里芋)でつるりとすべったんですと。そのはずみでそばにあった胡麻の穂先で目を突いてしまわれた。で産土さまは犬が大嫌いになるし、ハイモや胡麻は作らないんだそうだ。

 類似のお話は、信濃町古海・牟礼村地蔵久保・中条村倉本・小川村夏和・味大豆・戸隠村上野・志垣・長野市須釜・南長池・今井・十二・灰原・更埴市大田原に伝わっている。
 
2006年5月13日号
29  胡麻を作らない話 A
 東信に伝わる「胡麻を作らない話」を集めてみた。

○青木村馬場(ばっぱ)に伝承されているお話を。大昔、子檀嶺神社の山城の主、冠者智武命が、あし毛の馬に乗って領内を見回っていた時、馬が何かに驚いたんだろうかね。乗っていた冠者さまを振り落としたんだと。落ちた所が胡麻畑で、胡麻のさやで片目を突き、とうとう潰れてしまった。冠者さまがお布令を出したのかわからないけれど、子檀嶺岳の山頂が見える所じゃ、あし毛の馬は飼わない。胡麻も作らなかったそうな。

○四阿山の神さまが神川の流域を見て回られた時、何かのはずみで胡麻のさやで目を突かれ傷めてしまったで、神川の水を用水とする川下じゃあ、胡麻は作らないんですと。

○望月町の大伴神社の祭神、月読尊(つきよみのみこと)は、胡麻で目を傷められたんで、望月では胡麻を作らないんだそうだ。

○真田町岡保にある誉田足玉(ほんだたるたま)神社では応神天皇さまをお祭りしているのだけれど、このお方の目に胡麻がはねて、それが元で目を傷められたそうで、氏子は胡麻を作らなかった。でも昭和の代には作ったそうだ。

○御代田町の真楽寺の池から諏訪さまがお出になり、小田井に来た時、畑のささげのつるにつまずいて転びなさった。そのひょうしに横根の胡麻のさやで目を突かれたそうな。それから横根の人々は胡麻だけは作らないことになってるんですって。

 次の地域にも類似のお話がある。上田市平井寺・真田町上郷沢・丸子町長瀬と練合・東部町西宮・立科町細谷・望月町入布施と岩下・比田井・浅科村矢島・小諸市西浦と耳取・佐久市岸野・臼田町田口・八千穂村崎田と佐口・小海町松原・軽井沢町茂沢・南牧村海尻等に伝承が残っている。主役は神さまがほとんどだが、丸子町では地蔵さんである。
 
2006年5月20日号
30  胡麻を作らない話 B
 中信と南信に伝わる「胡麻を作らない話」を集めてみた。

○神代の昔、天照大神が隠れた天の岩戸をこじ開け、岩戸を持って逃げた手力男命(たぢからおのみこと)を天照大神は7人の神と8人の従者に追跡をお命じになったそうな。その内の1人の豊受大神は麻績まで手力男命を追って来たが見失ってしまった。大きな岩に腰を掛け思いあぐねていたところ、真向いに立派な森が見えた。「住みやすそうないい森だ。そうだ、手力男を追うのはやめてここで暮そう」そう決心なすったそうだ。これが宮本神明宮の起こりなのだが、この神さま犬に追われ、またぁ、運の悪りぃことに牛の糞で足を滑らし転びなさり、そばの胡麻の茎で目を突き、片目がつぶれてしまったそうな。で、宮本の集落では犬や牛を飼わず、胡麻も作らなかった時期があったそうな。

○坂井村の四阿屋山(あずまややま)の頂上の四阿屋権現さまは昔から水の神、腹の神として、とっても信仰が厚かった。その権現さまが胡麻のさやで目をお突きなすった。それからというもの、胡麻を作ってはいけないことになったと。権現さまを大事にする民衆の気持の表れかしらんねぇ。

○池田町陸郷八代(やしろ)の氏神さまが伊勢からご当地においでになる時、途中で胡麻の茎で目を突かれたというので胡麻を作らないそうな。

 類似のお話は白馬村沢渡・青鬼と大町市借馬の他4ヵ所、松川村・池田町・三郷村・豊科町細萱・美麻村に2ヵ所、八坂村・本城村・四賀村で2ヵ所、松本市洞の他3ヵ所と塩尻市北小野・宮前などにある。
 南信では下諏訪町荻倉・茅野市笹原・富士見町下蔦木・原村などにある 。
 飯田・下伊那地方からはなぜか1話も採取できないのである。それはどうしてなのかナゾである。
 
2006年5月27日号
31  胡麻を作らない話 ●おはなしの解説
 長野県内に伝承される「胡麻を作らない話」を拾ってびっくりした。その数のおびただしさにである。
 お話のほとんどは、神さまが転んだ拍子に胡麻のさやで目を突き、片目になった。その神さまを思いやって、民衆が進んで胡麻を作らないというのである。
 さて、胡麻とはなにを表しているのだろうか。
 韓国の中世語の「小さいもの」の意の「ゴマ」と胡麻は同源ではなかろうか、胡麻の実の実態は正に「小さいもの」そのものである。
 そして直感的に胡麻の実=砂鉄であろうと考える。
 また、なぜ神さまが片目になるのだろう。隻眼の神さま方は製鉄に関わりがあったのではないだろうか、
「一つ目小僧」で知られる天目一箇神(あまのまひとつのかみ)は天照大御神が天の岩戸にお隠れになった時、刀や斧作りで活躍された神さまで、日本金属工業の守護神にもなっている。この神さま、製鉄のたたら炉のホト穴から熔鉄の状態を見つめ、片目を失った鍛冶職を神格化した名であるそうな。実際のたたら場で10人のうち7〜8人は片目を失うということである。
 天目一箇神を祭るのは、三重県桑名郡多度町の多度大社の一目連神社である。参道は長いがルート258から大っきな鳥居が目を引く、11月にはふいご祭りもある。
 遠山郷の祭伝承館「天伯」に展示された神太夫のお面は隻眼であった。実にリアルに造られていて驚いた。里神楽のひょっとこと同じである。ひょっとこの片眼を小さく表現しているのは、前出の職業病ゆえのことであり、口をすぼめ突き出す表情はたたら作業に用いる羽口(土管状の筒)になぞらえたものである。ひょっとこは決して醜男でも賤視(せんし)されるものでもない。
 各地に伝承される片目の神さまや片目のイモリ、片目の魚話は製鉄に関わりがあるとみている。
 
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