2006年7月22日号
39  芋井散歩@
「鉄」の研究者であれば、一度は長野市の芋井地区を訪れたいと思うであろう。
 それは「鑪(たたら)」という名の集落があるからである。溶鉄炉の「たたら」の音と同じであるし、ひょっとしたら「たたら」が存在したのではないかと考えるからである。
「先を急くな」と自戒しつつ、道草をしながら目的地まで歩いてみたい。
 長野西高校の脇から七曲りを経て芋井の荒安(あらやす)に入ると、保食神を祭る飯縄神社里宮があった。聖山としての飯縄山の里宮がある地区である。いずれ由緒ある荒安であろうと想像ができた。
 次は泉平の素桜神社で足をゆっくり休めた。この境内には「神代ザクラ」と呼ばれる名木がある。
 その昔、素戔鳴尊(すさのおのみこと)がこの地で休んだ時、持参した桜の杖を池辺りに挿したそうな。その杖が根づいて成長したのがこの桜であるという。またの名を素ザクラとも言うそうで、図鑑ではエドヒガンまたはアズマヒガンで本州・四国・九州の山地に自生するばかりでなく朝鮮半島・中国・台湾まで分布している。古木のなんともいえない風情にうっとりしていたが、気をとり直して神社名を見た。「素」は素戔鳴尊の「素」なのであろう。素戔鳴は新羅の曽尸茂梨(そしもり)に居たとされる。素戔鳴は韓国式に読むと「鉄国の始祖」を意味するそうで、別名の「牛頭天王(ごずてんのう)」もまた「鉄王」だと学んでいる。「桜」は「鉄倉」を意味する。小字名は泉平である。水は製鉄にとって必要不可欠なものである。ここは古代に鉄(砂鉄も含め)の倉のあった場所なのだろうか。神社名がそのことを教えてくれる。
 泉平を下り大字桜の坂額にはなんと日月社があった。つまり明神社である。明神は製鉄神を表す。素桜神社といい日月社といい、いかにも鉄処の感がある。
 
2006年7月29日号
40  芋井散歩A
 いよいよ「鑪(たたら)」である。
 標高の高い荒安(あらやす)から来たので鑪はすり鉢の底っこに位置するような印象がある。この集落に、「たたら」の証拠があるだろうか。胸の高鳴りを抑え、まずは葛山(かつらやま)神社の祭神を知りたくて、通りがかったご婦人に声を掛けた。すると、そのご婦人気さくに「家へいらっしゃい」と夫である麻場長男さんを紹介してくださった。麻場さんは酸素ボンベを背負う身であるにもかかわらず長い時間お話くださった。
 まず、葛山神社は八幡神の誉田別命(ほんだわけのみこと)を祭るそうである。誉田は古代韓国語で「ふいごの地」の意味である。なんと鑪にぴったりの祭神名であろうか。たたらには風を起すふいごが必要不可欠なものであるからだ。
 葛山の「かつら(かずら)」の語源は「周辺囲み」の意のガドゥラが転音したという。なるほど、鑪は葛山に南面を囲まれすり鉢の底っこに当ることは本稿の初めで記した。
 また「葛」は「くず」とも読む。くずといえば、葛餅に胡麻豆腐、葛湯と葛粉が主成分である。葛粉を練り上げると固まる。葛とは性質通り固めの意だそうな。
 以前、三重県上野市の白髭神社(須智荒木神社とも)に詣でた。そこの集落の家々の表札を見てアッと驚いた。「葛原」とある。しかも神社の別名は「須智」である。スチ=鉄の貴人なので、さてはさては葛原さんは鉄固めの地の親分さんの一族であったかと、深い感懐を覚えたものだった。
 昭和50年夏、鑪の番場地籍で発掘調査が行われたそうである。そこに、長野商業高校郷土史研究クラブの生徒たちも参加した。ひょっとしたら「たたら」の地名から製鉄址やその遺物が検出されるかもしれないと予測したらしい。が、そうした成果は得られなかった。けれども調査分析によって確認されたこともある。
 
2006年8月5日号
41  芋井散歩B
鉄滓(スラグ・カナクソ)かと思われたものは水酸化第二鉄が凝結した褐鉄鉱とわかったのである。番場には褐鉄鉱床があったのだ。質の低い褐鉄鉱であっても、それなりの鉄は採れるはずである。
 新井ますえさんのりんご畑にソブが湧く、黄褐色の酸化物がソブの水路の縁に付着し固まるので掃除が欠かせないそうである。このソブこそ前出の鉱床になる前段階の正体なのだ。
 麻場さんは面白いことを教えてくださった。なんと茂菅(もすげ)の裾花川沿いの畑の縁に草生水(くそうず・臭水)が湧くそうだ。麻場さんは早速、畑の持主・先の新井ますえさんを紹介してくださり、麻場さんの奥さんとも連れだって茂菅に向かった。現場に立つと、石油と硫黄の臭いが鼻を突いた。
 この畑の辺りから浅川の鳳鸞洞薬師(ぶらんどやくし)や真光寺まで石油鉱脈が続き、かつては灯火用に使われたそうである。
 また、鑪では微弱ではあるが、ガスが噴出する所があるそうだ。石油は、燃える水、ガスは燃える風とでも言葉を置き替え、そして、火を付けるという人為が加わることにより大地が熱くなるではないか。古代韓国語のダルダラ(最高に熱する)が、たたらの語源であることが、とっくりと胸に落ちた。
 鑪に本物の製鉄たたらがあったのかわからないけれど、麻場姓は最高の鉄処と読めるし、草生水の湧く茂菅はモスガと発声すれば、鉄集め処と読める。その集落内を鉄生みの城と読める鬼無里道が東西に走る。芋井には広瀬の地名がある。李先生によると、鉄お願いの意だそうである。芋井は長野市の山口義孝さんがすでに聖なる山と説かれている。この聖なる山こそ、飯縄山のことであろう。その山懐は鉄の生成の場であったと、地名等の語源からそう考えられるのである。
 
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