塩田・真田・丸子を描いた新作を初公開
「原田泰治の世界展in上田2012」
〜12日(日) 上田創造館で開催 サイン会や子ども絵画教室も

 

 新上田市発足5周年を記念する「原田泰治の世界展in上田2012」が、上田創造館文化ホールで12日?まで開かれています。市や自治会連合会、上田商工会議所など官民諸団体でつくる「ふるさと うえだ 絆深めて実行委員会」の主催。

 諏訪市出身の原田泰治さんは、かつて描いた別所線丸窓電車が走る塩田平の風景画が縁で、別所線存続運動を支援。以来、上田の応援団≠ニして別所線車両のデザイン画を手がけるなど当地と深くかかわってきました。

 08年には上田で開いた展覧会に合わせて、武石地域をモチーフにした40号「武石の秋」を描き下ろしていますが、今展では新たに塩田の古安曽・真田地区の傍陽・丸子地区の生田に取材した「桜色の里」「真夏の午後」「雪舞うほとり」3枚を描き下ろし、1月22日のオープニングで初公開。
 原田さんは「1年かけて展示の直前まで描いていました。今年は震災被災地でも展示をしていきたい」と語り、来場者は上田市を構成する旧4市町村の四季を描いた新作に見入っていました。

 今展はこれら新作をはじめ、全国の農村風景やハワイ、ブラジルなどに取材した大作も含めて原画72点を展示。入館料の一部は東日本大震災など被災地の復興支援に充てられます。

 また4日に開いた市内の小学校5・6年生対象の絵画教室で描かれた児童の絵も12日(日)まで展示。12日13・00〜、サイン会も開かれます。

 9・00〜17・00開館。入館料は一般800円・高校生500円、中学生以下と障害者(介添え1名含む)は無料。

 問い合わせは上田市政策企画課TEL0268-23-5112まで。

 

 

松本山雅の塩沢勝吾選手(真田町出身)
真田の小中学生にサッカークリニック

 

 上田市真田町出身で松本山雅FC所属の塩沢勝吾選手(29歳・1面参照)による、地元小中学生を対象にしたサッカークリニックが1月14日、真田体育館で開かれました。

 さなだスポーツクラブの主催で、県体育センター指導者派遣事業などの一環。少年サッカー教室や真田中学校サッカー部員ら、小中学生各50人が参加して塩沢選手の指導を受けました。

 前半の中学生の部では、パス回しなど基本練習後にミニゲームを実施。途中プレーを止めて、「パスは早く出すだけじゃなく、味方が動きやすいところに」などとアドバイス。講習終了時には「まずみんなでしっかり練習して勉強もしっかりやり、お父さんやお母さんの言うことを聞くこと。その上で、人よりサッカーの練習量を多く持てるよう努力することが大切」と話しました。

 小学生の部では「サッカーの楽しさを伝えられれば」と、ウォーミングアップからパス、シュートといっしょに体を動かして指導。子どもたちは地元出身のJリーガーの動きに「すごい!」と目を輝かせ、塩沢さんも「子どもたちへの指導は楽しいです」といい表情を見せていました。

 

 

信州ブレイブウォリアーズのマスコットキャラクター
上田勤務の臼井亮哉さんのデザインに!

 

 プロバスケットボールリーグ・bjリーグに今シーズンから新規参入した「信州ブレイブウォリアーズ」が昨年春から公募していたマスコットキャラクターのデザインに、上田市のデザイン会社に勤める臼井亮哉さん(31歳・千曲市)の作品が選ばれ、このほど同チームのホームページで発表されました。

 信州アルプスの雪男との設定で、好物はりんごとおやき。今後は、名前などについてインターネットページや試合会場でのアンケート投票を実施し、今月下旬に発表の予定(ちなみに4日と5日の13・00〜、佐久市総合体育館で対秋田ノーザンハピネッツ戦)。チラシやポスター、ホームページなどチームの広報に活用されるほか、着ぐるみも検討されているそうです。

 臼井さんは「中学時代からバスケットが好きで、今回こういう形でかかわることができて、うれしい」「上田市も3on3大会があるなどバスケットファンが多いので、bjリーグの試合が行われるようになってほしい」と話していました。

 問い合わせは、叶M州スポーツスピリットTEL026(214)7022まで。

 

 

県学校給食献立コンクールで
長門小学校が優秀賞に
生産者らを招いて給食交流会
 
 

 長和町の長門小学校(柴田隆一校長)は先ごろ、松本市で行われた?県学校給食会主催の「学校給食に地場産物を活用した献立コンクール」で優秀賞を受賞しました。その報告会を兼ね給食週間中の1月18日、生産者を招いて給食交流会が行われました。

 コンクールには63校が応募し、1次審査(書類選考)で6校に。2次審査では審査員による試食が行われ、独創性・普及性・食育の生きた教材として活用されていることなどが高く評価され、優秀賞を受賞しました。

 応募した献立は、地元産の野菜を使用したほくほくジャガイモのたらこチーズ焼き・ブロッコリーのゴマ風味あえ・キャベツときのこのスープ・麦ごはん(交流会では花豆と餅米入りごはん)・りんご・牛乳。

 この日は、果物や米、パンなどの生産・加工をしている山崎猛さんや小林宏さんら6人が招待されました。

 6年生の教室には吉見雅史さんが招かれ、児童からアスパラや米の栽培期間などについて質問を受けながら、いっしょに給食を味わいました。尾美司康くんと斎藤彩さんは「いろいろ苦労や工夫をして野菜や米を作っていることがわかった」「ありがたいと思いました」。吉見さんらは、「子どもたちの食べる様子を見ることができ、生産者の立場から話ができてよかった」。

 同校管理栄養士の長岡千鶴子さんは「子どもたちには、大きくなっても地元を大切に思う心を養ってもらいたい」と話していました。

19年間にわたり、本紙に「三脚視点」連載
写真家 花里吉見さんが急逝
「週刊うえだ写真コンテスト」作品展に遺作コーナー

 

 本紙創刊の1988年秋から07年6月まで19年にわたり「三脚視点」を連載し、上田地域と長野県の写真文化の向上に尽力した花里吉見さんが1月9日、肺炎のため急逝されました。享年92歳。

 花里さんは1919年上田市生まれで、上田市議会事務局長・市社会福祉協議会事務局長など要職を歴任。市職時代から写真に取り組み、退職後はラグビーや中国シルクロードの写真取材をライフワークとして精力的に活動し、国内外の写真コンテストで多数受賞。

 上田写真クラブなど複数の写真クラブの会長を務め、公民館写真クラブの連同体「写友まゆ」の専任講師として地域の写真愛好家の裾野を広げる活動を20年以上にわたって続けました。

 この活動は聖心女子大学の高橋惠子名誉教授が10年にわたり調査・取材し、昨年12月に『第二の人生の心理学 写真を撮る高齢者たちに学ぶ』と題して出版。13日に行われた葬儀で高橋さんは、「当初は1年の取材のつもりだったが、花里さんとまゆのみなさんに魅せられ、気がつくと10年になっていた」「花里先生にはたくさんのことを教えていただきました」と遺影に向かって話しかけました。

 また昨年開催した第1回「週刊うえだ写真コンテスト」では企画の段階から助言をいただき、委員長をお願いした審査会では3時間以上立ち続けで、真剣に審査を続けられました。

 なお、今日から2月6日(月)まで上田市の上田ガス本社「GASギャラリー」で開く同コンテスト入賞・入選作品展では、花里さんの遺作数点を展示紹介します。

 花里吉見さんのご冥福を心よりお祈り致します。

 

 

入賞・入選作を一堂に展示 新たに特別賞決定!
「週刊うえだ写真コンテスト」作品展
2月6日(月)まで GASギャラリー(上田市天神)で開催
 
 

 週刊上田新聞社では、昨年開いた第1回「週刊うえだ写真コンテスト」の入賞・入選作38点による作品展を、上田市天神の上田ガス本社内GASギャラリーで2月6日(月)まで開催しています。

 コンテストには一般の部・高校生以下の部の2部門に202点の力作が寄せられ、厳正な審査の結果、各部から最優秀賞1点・優秀賞2点が選ばれました。作品は本紙1面で、昨年12月より隔週で紹介しています。

 今展ではこの6点のほか、一般の部25点・高校生以下の部7点の入選作32点も紹介。また会場を提供いただいた上田ガス鰍ェ環境保全に取り組んでいることから、新たに特別賞「未来に残したい郷土の景観」賞(上田ガス環境賞)を設け、同社より入選作中の2点に贈られます。

 受賞したのは、浅間山と雲海を背景に高原の牧場で草を食む白馬を写した「雲上に遊ぶ」(金井節子さん・東御市祢津・写真上)と、蕎麦畑の満開の花と田園を切り取った「蕎麦の郷」(戸谷洋子さん・上田市上田・写真下)。郷土の景観は豊かな自然とそれに寄りそう人びとの営みの賜である≠ニの趣旨から選ばれました。

 展示は10・00〜16・00(最終日〜15・00)で、入場無料です。お誘い合わせてお出かけください。

 問い合わせは、週刊上田新聞社TEL0268-22-6200(上田ガスTEL0268-22-0454)まで。

被災した東北の児童らを招待
菅平でのスキーに感激!

 

 昨年3月の東日本大震災で被災した宮城県仙台市の小学生を招待し交流を深めようと6日〜8日、上田市真田地域と菅平高原で「スノーレクリエーションin菅平高原」が開かれました。

 さなだスポーツクラブ、菅平高原観光協会、菅平高原スキークラブなど12団体でつくる実行委員会の主催で、参加したのは仙台市立将監西小学校(堀米千鶴子校長)の6年生50名と、被災により上田市内で避難生活を送っている小学生20名と保護者ら。

 児童らはアクアプラザ上田でプール遊びを楽しんだ後、菅平に移動、翌日はソリやスキーを楽しみました。

 将監西小は震災で校舎と体育館が使用不能となり、昨年11月まで近隣の小学校で間借り授業を行ってきたとのこと。震災後は頭痛や倦怠感を訴える児童が多数いましたが、仮設校舎での授業再開後は、心身、生活ともに震災前に戻りつつあるそうです。スキーは大半が初心者ですが、子どもたちは「テレビで見るより難しいけど、風を感じる瞬間が楽しい」と声を弾ませ、「こんな機会をつくってもらえてうれしいです」。

 石巻で被災し、上田市に避難している倉島爽くん(北小1年)は「太陽が反射して雪がきれい!」とソリ遊びに夢中。「友だちもできて学校楽しいよ」「でも、ムチャクチャ石巻に帰りたい」。お母さんの加代子さん(37歳)は「上田の人たちが温かく迎えてくださり感謝しています。今回の企画も本当にありがたい」と笑顔を見せていました。

 実行委員会事務局の宮本恵美さんは「子どもたちが満面の笑みで楽しんでいる様子にホッとしました。少しでもストレスを減らしてもらえれば」。

 児童らは地元小学生らとの交流会やアトラクションを楽しんだ後、帰路に就きました。

 

 

映画「無言館」上映&
天満敦子さん応援コンサート

2月7日(火) 19・00〜 上田映劇で

 

 上田市古安曽の戦没画学生慰霊美術館「無言館」(窪島誠一郎館主)をテーマにしたドキュメンタリー映画「無言館」の上映とヴァイオリニスト・天満敦子さんの応援コンサートが2月7日(火)19・00〜、市内の上田映劇で行われます。主催は昨年夏の倉本聰さん脚本・演出による「歸國」上田公演を支えた市民有志らでつくる上映実行委員会。

 無言館は、戦没画学生と同世代の画家・野見山暁治さんと窪島館主が全国各地を訪ね歩いて画学生の遺作を集め、1997年に開館。遺作を探す窪島さんの旅は現在も続いています。映画はその足跡と収蔵された遺作、全国行脚の旅を紹介し、来館者の感想や窪島さんの思いを伝えています。

 映画の上映は、「歸國」の劇中に同館が描かれていることからプレイベントとして検討されていましたが、日程の調整がつかずに断念。こうした経過から「歸國」の実行委員の多くが上映会運営に参加し、無言館も全面協力。同館支援のチャリティーコンサートを毎秋開いている天満さんのヴァイオリンの音色も加わることになりました。

 窪島さんも参加して開かれた昨年末の第1回会合では、収益の一部を無言館の運営資金に充てることなどを確認。実行委員長に選ばれたエディターズミュージアム「小宮山量平の編集室」代表の荒井きぬ枝さんは、「無言館と窪島さんはじめ関係者の思いを、地域の人と改めて考え共有する機会にしたい」と述べました。

 チケットは前売2000円(当日2500円)。上田駅前のエディターズミュージアムで取り扱っています(11・00〜17・00、火曜日休み)。
 問い合わせは、同ミュージアムTEL0268-25-0826まで。

 

 

上田藩士・赤松小三郎の墓石
京都から上田市の土蔵に移設
丸山邸内の土蔵に 来春「記念館」として一般公開
 
 

 日本で初めて議会政治を提唱したとされる幕末の上田藩士・赤松小三郎の古い墓石が、このほど京都市の金戒光明寺から上田市常磐城の丸山邸内にある土蔵に運ばれて設置されました。


 墓石は高さ126pで重さ約700s。砂岩でできていて劣化が激しく崩壊の恐れもあることから、上田市民有志でつくる「赤松小三郎顕彰会」(伊東邦夫会長)が関係者の承諾を得て建て替え、古い墓石を魂抜き≠したうえで移設したもの。土蔵は来年3月に「赤松小三郎記念館」として開設し、墓石も公開する予定です。


 赤松小三郎(1831〜1867)は『英国歩兵練法』を翻訳した洋学者で、明治新政府の綱領のもととなったとされる坂本龍馬の「船中八策」(1867年6月)の2ヵ月前に、議会設置や貨幣統一などほぼ同じ内容を記した「建白七策」を福井藩主・松平春嶽に提出。同年9月に、京都の路上で薩摩藩士・中村半次郎らに暗殺され、同12月に金戒光明寺にこの墓が建てられました。


 墓石は京都市の石材業者がクレーンつきのトラックで運び、土蔵内に整備した土台に設置。表には「赤松小三郎墓」、背面には赤松の足跡、側面には薩摩藩の門弟が建てたと刻まれています。伊東会長(写真左)は、「赤松は強盗に襲われ死んだとの事実とは違う記述もあるが、今後しっかりと判読を進めて公開したい」。


 土蔵は明治期の2階建て、床面積約60uで、所有者の丸山瑛一さん(写真右)が記念館として活用することを承諾して提供。先ごろの火災でほかの建物が焼け、この土蔵は類焼を免れたものの、オープンは延期となりました。


 来春の開設には、墓石とともに赤松の資料や洋装に身を包んだ写真を等身大に写しこんだ幟、足跡を解説したパネルなどが展示される予定です。また京都の金戒光明寺には、同じ銘文を刻んだ同じ大きさの墓石が建てられるとのことです。

本紙連載「山里幻想」の鶴岡一生さん
初の作品集『曼珠沙華』出版
―山間に生きる人びとへの惜しみない共感―
ほおずき書籍/定価1365円(税込)

 

 読み切り掌編小説による「山里幻想」を本紙で随時連載中の小説家・鶴岡一生さん(43歳・上田市武石)がこのほど、5編の短編を収録した初の作品集『曼珠沙華』をほおずき書籍から出版しました。

 巻頭は、山里で一人暮らしする認知症の老人の日々を描き、第53回農民文学賞を受賞した「曼珠沙華」。老人を慕った孫は事件にまきこまれ命を落としましたが、次々と記憶を失っていくなかで、ともに渓流釣りをした孫との輝いていた日々の記憶だけは失いたくないと老人は苦しみます。その心の襞と刻々と変化する自然を描き切った筆力は、同賞の審査の際も高く評価されました。山々や木々のたたずまい、老人が孫に毛鈎の作り方を教え、その鈎を水面にたらす場面などは、優れた映画の一場面を見るように迫真に満ちて映像的です。

 鶴岡さんは6年前に家族とともに武石に移住。現在は農業などで生計を立てながら小説執筆を続けていますが、炭焼き技術を継承しようと仲間とともに「武石炭人会」をつくって地元の経験者から炭焼きを習い、子どもたちを対象とした体験会なども開いています。「赤い谷」は、炭焼きで子どもを育て上げた男が、苛酷な生活を支え続けてくれた妻の葬儀の朝、窯に出かける話。真っ赤に焼けた炭を窯から掻き出す作業が綿密に描かれ、男の心情が重ねられます。

「出水」は山間の消防団が仲間の婚活を支援しようと奮闘する愛すべき物語。ほか、山で出会った自殺志願者に岩魚やキノコを食べさせる「浄土」、電車の運転士の日常と心象を描く「白光」が収められています。

「話し言葉はできるだけ当地方の方言を使いました」と鶴岡さん。山間の土地と季節に寄り添い生きる人びとへの、惜しみない共感が綴られた一冊です。

 お求めはお近くの書店で。

 

 

『復刻 青木時報』全3巻
青木時報復刻版刊行委員会・発行

 

「吾々は、自己の生活をよりよくするために先づ最も近い社会生活の団体としての村を愛さねばならない、理解せねばならない、理解するためには知る事である、理解せしめるためには知らせる事である…」。

 大正10年5月、自由律の旗手とうたわれた俳人・栗林一石路(農夫)を初代編集長に、前記の創刊の辞をもって「青木時報」は産声をあげました。

 青木村青年会によって編集がなされ、各種団体の報道や村民の声、時事の報道批判などを掲載。理想に燃えて真実に生きる姿を刻明に伝えた「時報」は、戦時下を除き昭和36年まで392号を刊行、村民に親しまれました。

 農事のことや家庭のこと、事故や慶弔ニュース、村の歴史や伝説の紹介、青年たちの人生相談など、紙面は実に多岐にわたります。

 このほど青木村誕生120年を記念して、青木時報復刻版刊行委員会により読みやすくB4判に拡大して、そのすべてが復刻されました。今回の復刻にあたり上田小県近現代史研究会会長の小平千文さんは「今日の青木村を特徴づける村民の息吹の数々が、『青木時報』には生き証人の如く詰め込まれています。まさに歴史的な記録文化財史料であり、村宝です」と、一文をよせています。

 B4判・全3巻。定価はセットで28500円。430セットの限定出版です。本書のお求めは、平林堂書店でどうぞ。

 

 

「炭を焼き、言葉を磨く」
農民文学賞受賞の鶴岡一生さん
本紙に掌編小説による新連載スタート

 

 山里で独り暮らしする老人の日々を描いた小説「曼珠沙華」で第53回農民文学賞を受賞した鶴岡一生さん(43歳=写真左)は、5年前に上田市武石に移住。農業などをしながら小説執筆に取り組んでいます。また炭焼き技術の継承のため「武石炭人会」を結成し、地元の坂口信茂さん(75歳)と品川恒重さん(76歳)を師匠に、窯造りから炭焼きまでの技術習得に励んでいます。

         *       *

 鶴岡さんは大阪府八尾市出身。東京や埼玉などで暮らしながら映画監督を目指しましたが、子どもが生まれるのを機に一家で武石川近くの一軒家に移住。長年思い描いていた自然のなかでの本当の田舎暮らし≠ノ入りました。

 受賞作「曼珠沙華」は、認知症が進み、輝いていた孫との日々だけは失いたくないと苦しむ老人の心の襞をきめ細かく描き、季節や時間とともに刻々と変化する自然の描写も高く評価されています。

 同賞受賞に寄せて鶴岡さんは、「何窯も焼かなければ良いものはできない」と師匠が言った―そうするより道がないのだから、覚悟をきめるよりほかない―「地に足のついた小説を書きたいと思って」信州に移り住んだ―と記しました。

 取材におじゃましたのは、炭焼き窯を開ける日。鶴岡さんは両師匠の指示を受けて、窯から真っ赤に焼けた炭を掻き出し、土をかけ燃焼を止める作業に汗を流していました。炭の表面をきれいにするため、一握りの土を窯のなかへ投げ入れると、土は一瞬で赤い粒となって暗い床に落ちて光り、「ほら、星のようでしょう」と鶴岡さん。「よく焼けた炭は、キンキンと金属音がするんです」。

 山里の生活と自然のなかに身を置き、自らの言葉となるまで熟成させようとする鶴岡さん。来春には、初めての作品集が出版される予定です。

 なお、書き下ろしの掌編小説による本紙新連載「里山幻想」が始まりました(随時連載)。

 

 

本紙1面著者・米津福祐さん
二紀展「栗原賞」受賞
「雷電為右衛門」描いた大作で同展最高賞に!

 

 本紙1面「私話私絵」筆者で二紀会委員(審査員)の画家・米津福祐さん(73歳)が、第64回二紀展に出品した大作「ライデンのカタチ」(F150号・油彩)で「栗原賞」を受賞しました。

 栗原賞は外部の美術評論家らによって選ばれる賞で、文部科学大臣賞・鍋井賞と並ぶ同展最高賞のひとつ。米津さんは、江戸時代に無敵を誇った現東御市出身の人気力士・雷電為右衛門を主題にした連作に20年近くにわたって取り組んでおり、03年には鍋井賞も受賞しています。

 今回の受賞作「ライデンのカタチ」は、組み合う力士の体躯を画面いっぱいに入れ、抽象化の手前まで大きく単純化された形が、見るものに迫力と重量感を伝えます。

「名声や世間の評価、伝説と化した雷電ではなく、無心に相撲を取る雷電像、それゆえの迫力、形に迫りたかった」「この作品で、自分が描きたかった雷電にやっと手がかかったように思う」と米津さん。今まで立ち向かった100号以上のキャンバスだけでも、ゆうに百数十枚を超えるとか。

 すでに新作に向かっている米津さんは「あまりに強かった雷電は、7割の力で取っていたともいわれ、人間的魅力にあふれる力士。大きな面で表現することで、人間の本質的なものを追求したい。どんなカタチになるのかは自分でもわからないが、それが楽しみでもある」と話します。

 作品は二紀展とともに、今春まで全国を巡回中。なお本紙今号の「私話私絵」で、受賞作が一面を飾っています。

 

 

週刊上田新聞社社刊・真田ファン必携
『疾風六文銭 真田三代と信州上田』
戦国ブームにのって再燃! b第3刷完成b

 
   大阪城と上田城の姉妹城郭提携1周年を記念し、07年夏に小社が刊行した『疾風六文銭 真田三代と信州上田』が好評で、2刷を完売。急遽増刷した3刷がこのほど出来上がり、書店や各施設に配本中です。


 本書は、真田三代の活躍と伝承、史跡や観光をビジュアルに紹介。近ごろは高まる戦国ブームや、NHK大河ドラマ「天地人」での幸村登場、信濃毎日新聞の新連載「真田三代」などの影響もあり、再び人気を集めています。


 贈り物や取引き先へのお遣い物としても利用いただいているようです。

 A5判・オールカラー128ページで、定価840円(税込)。

 問い合わせは、週刊上田新聞社TEL0268-22-6200まで。
 

 

15年にわたり本紙に好評連載
『セピア色のアルバム』 出 版!
大谷文子さん著 週刊上田=刊

 
 

 蚕都上田の隆盛とともにあった料亭喜久與――。3代目・田中文三郎の長女として生を享けた大谷文子さんの自伝的回想録『セピア色のアルバム』がこのほど一冊の本となり、小社から刊行されました。

 料亭喜久與(菊与)は、明治18年に著者の曽祖父・平七が創業。蚕都として黄金時代を迎えていた当時、花柳界も活況で、芸妓が200人以上いたといいます。元勲や名士を迎え、華やかに宴席が設けられた証に、口絵には平七に宛てられた大隈重信の礼状や上村彦之丞大将の書、東郷平八郎の書が掲載され、その達筆を見ることができます。

 3代目を継いだ著者の父の全盛期、上田は市となり街は活気であふれていた様子が本書からうかがえます。実業界で活躍していた福沢諭吉の養子・桃介が川上貞奴をともない訪れた様子も紹介され、その豪遊ぶりには目を見張ります。

 農民美術や上田自由大学の設立に情熱をもち運営に心を砕いた金井正や山越脩蔵が、山本鼎を招いて会談したのも、ここ喜久與でした。離れで幾度となく会談が持たれ、ようやく夢が実現した旨も本書で読むことができます。

 喜久與の成り立ちから両親のこと、自身の生いたち。梅花幼稚園から南校へ、そして上田高等女学校でのこと…。結婚して上田を離れたものの、帰郷。人生の節目ごとに生家・喜久與がそこにあります。平成元年、喜久與は取り壊しとなりますが、末路は著者により見届けられることとなりました。

 大正4年(1915)に生まれた著者は、現在94歳。かくしゃくとして、凛とした美しさを保ち続けているその生き方にも深い感銘を受けます。

 本書は、93年から約15年にわたり本紙に連載されたものに書き下ろしを加え収録したものです。

 A5判・口絵カラー8ページ・本文190ページで、定価2000円(税込)。市内主要書店にて取り扱い中です。

 

 

小宮山量平さん1000号特別寄稿
「ふるさとの中のふるさと」

 
 


 出版界の重鎮・小宮山量平さん(92歳)の長期連載「昭和時代落穂拾い」(90年〜)は週刊上田の歴史のエポックでした。小宮山さんが1000号を記念し、寄稿してくださいました。


 70代の半ばを越えたころ、無性にふるさとがなつかしく、帰心矢の如く還ってきました。改めてわがふるさとに再会してみれば、格別に名のある峻嶮に囲まれているわけでもなく、幽谷の眺めに恵まれているわけでもありません。小さな盆地の真んまん中を千曲川がつらぬき、その流れに沿って何枚かの水田が拓け、それに続く段々畑が山裾に迫った辺りには、各集落毎の神社の杜が、四季の訪れを物語るたたずまいがつづくばかりです。

 まぎれもなく、この地こそは凡中の凡、ふるさとの中のふるさとなのだと、改めて実感しました。小さな塾めいたグループを作ったときも、迷うことなくその名は「太郎山塾」と決まりました。平凡と言って、これほど平凡な山の姿は、めったにあるものではありません。事実、この山のてっぺんまでは、わが家の庭並に親しんで育ちました。

 信州人と言えば俊敏であり、弁舌もさわやかで目はしの利くといった先入観で考えられがちですが、後に、世界各国を巡って、秀れた都市美や風景に触れるのにつれて、わが上田市の平凡な立地条件こそが、今や世界に冠たる平凡さの魅力を誇るものだ、と、思うようになりました。ちょうどひと足先に上田へ帰っていた深町稔前編集長が、そのふるさとの平凡さをコラムに書き留めてはくれまいか、と、要望されたものです。私の週刊上田とのつきあいは、そんなふるさと讃歌を結晶させることから始まりました。その結晶の第一冊が『昭和時代落穂拾い』として親しまれているのです。

 あれから日が経つのにつれて、日本の文章道は乱れに乱れ、退廃を極めつつあります、が、あれを読んで下さった人びとから、あいさつを受けるたびに、ふるさとの活力を育んだミニコミ紙の力を想起するのです。
 

 

週刊上田新聞社から刊行
『疾風六文銭 真田三代と信州上田』
巻頭文/童門冬二 解説/寺島隆史・金子万平  定価840円(税込)
 
 

 六文銭の旗じるしのもと、戦乱の世を疾風のごとく駆けぬけた真田一族。幸隆をはじめ昌幸、その子信幸、幸村の三代にスポットをあてたガイドブックが、このほど小社から発刊されました(協力/上田市)。

 大坂の陣での幸村の活躍は、その後多くの伝説を生み、大阪をはじめ全国に真田ファンを増やしました。昨年、その大阪城と上田城が友好城郭提携を結び、これを機会に本書が企画され、満を持して出版されることとなったものです。

 巻頭エッセイは、上田市観光大使でもある作家の童門冬二さんが「よみがえる真田スピリット」を。また「戦国信濃の華 真田」として市立博物館館長の寺島隆史さんが真田三代のあらましを解説しています。

 本編では、「真田氏発祥の地」「幸隆の登場」「風林火山の時代」「自立する昌幸」「上田城攻防戦」と続き、「幸村、大坂城で奮戦」へ。「十勇士伝説」をはさんで「信之、武門の誇りを伝える」と8つの章で構成。解説は、東信史学会会員で真田氏関係の著書も多い作家の金子万平さんと、前出の寺島隆史さんが担当しています。

 ところどころには、専門家によるコラムも。生島足島神社に奉納された武田信玄の起請文(きしょうもん)を取り上げたページには、カラーで本邦初公開となる「龍丸印」の写真を掲載。
歴史研究家でなくても興味しんしんの資料が並びます。

 本書は、全編とおして写真が豊富。古図やそれぞれが所用したとされる武具、直筆の書状も掲載しています。戦乱の世を生きた4人の心情を垣間見るような品々に出合ったならば、郷土の英傑・真田氏がもっと身近に感じられることでしょう。

 NHKで放映中の「風林火山」には、幸隆が登場中。まさにその時代を、本書で見ることができます。

 また真田氏発祥の地や、上田市街、塩田平などを紹介する観光ガイドも充実。当地の歴史や文化、自然を改めて知るきっかけとなりそう。「まるごと真田」をお楽しみください。

 A5判・オールカラー・128ページ。定価840円(税込)です。
 お求めは書店他で。

第2刷 刊行! 小宮山量平・著
『地には豊かな種子を』
発売/エディターズミュージアム

 
   教えるとは希望を語ること、学ぶとは誠実を胸に刻むこと――(本書より)。

 昨年出版された小宮山量平さんの著書『地には豊かな種子を』が、各方面で話題となっています。

 創作児童文学のパイオニアであり、戦後の出版界をかたちづくってきたひとり小宮山さんが発するメッセージに共感や感銘の声が寄せられ、全国各地にその輪が広がりつつあるようです。

 発売元のエディターズミュージアムには、すでに注文が数多く届けられていましたが品切れ状態に。ようやく第2刷が完成する運びとなりました。

 地方小出版流通センター扱いで、全国のどの書店でも入手できるとのことです。定価2000円(税込)。

▼エディターズミュージアム TEL0268-25-0826
 

 

 
 
 
 
 
 
 
   
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
 
   
 
 
 
 
 

 

 
 
 

 

 
 
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